復興のシンボル、若い漁業者のための改革者、そして刺身市場のパイオニア―MSC認証を取得した、マグロ漁業を営む株式会社臼福本店は5代にわたって日本の消費者に水産物を供給してきました。
「山の上から気仙沼港を見下ろしていました。岩手方面から押し寄せた津波の黒い濁流が油の備蓄タンクにぶつかり、夜になると油に引火して真っ赤な炎が海を覆い、町をも襲っていきました。船という船が流されて転覆し、炎に焼かれ、建物に突き刺さり、田んぼに転がり、皆が船を失いました。」
臼福本店の社員が、2011年の東日本大震災と津波による被害の惨状を『Forbes JAPAN』に語っています。津波は気仙沼沿岸のほとんどの町を破壊しました。
気仙沼港は日本有数の水揚げ量を誇る漁港として長く繁栄してきましたが、臼福本店の社屋、車両、倉庫も破壊されました。大震災と津波により、気仙沼市は、死者1,357人、住宅被災棟数15,815棟、被災世帯数9,500世帯、と壊滅的な被害を受けました。
この惨事が、創業100年を超える臼福本店が新たな時代を開くきっかけとなりました。1882年(明治15年)に創業した臼福本店は魚問屋としてスタートしました。1930年代に漁業に参画し、1980年代には大西洋でのマグロ漁業に一本化しました。現在では178名の従業員を擁し、7隻の遠洋マグロはえ縄漁船を所有しています。
写真:臼福本店のマグロの水揚げ(1932年)Ⓒ株式会社臼福本店
苦難から見えてきたもの
「崩れかけた社屋の中から従業員の名簿を見つけ出して避難所を回り、従業員全員の無事が確認できました」臼福本店の代表取締役社長、臼井壯太朗氏は当時を振り返ります。
津波の翌日、多くの船が陸に打ち上げられているのを目撃しました。「運よく私たちの漁船はすべて沖で操業中だったため、被災から逃れることができましたが、家族を失った乗組員もいます。」
その後の数日間で、臼井氏は臼福本店の将来を変えることになる決断にたどり着きます。「被災当初、1日1個のおにぎりでしのいでいたとき、着るものや住む場所はなんとか我慢できても、食べるものがなければ生きていけないと、食の大切さを身をもって感じました。」
津波で破壊された気仙沼(2011年) © Horizon Images/Motion Alamy Stock photo
2011年に起きた東日本大震災と津波の後、「絆」という言葉が広まりました。臼井氏は言葉を続けます。「その時、気づいたのです。食に携わる者として、食を現在の世代だけではなく将来の世代にもつなげていく責任があるということを。」
臼井氏はクロマグロのIUU漁業(違法・無報告・無規制漁業)についても懸念しています。1998年から2007年までの間に漁獲されたクロマグロの3匹に1匹が闇取引によるものと言われています。(英語)「私たちは、こうした持続可能でない漁業との差別化を図りたいと考えました。」
震災から9年が過ぎた2020年8月、臼福本店は世界で初めてタイセイヨウクロマグロ漁業でMSC認証を取得しました。
世界初の快挙
臼井氏は次のように決意を表明しました。「私たちは世界で最も厳格な資源管理に従うことで、水産業界を変えていくつもりです。やるしかないんです。クロマグロの資源量を将来にわたって安定させるためには、漁業のあり方について日本はより持続可能な方法を見つけなければなりません。」
臼福本店が漁獲するタイセイヨウクロマグロ(東側資源)は、世界に生息する3種のクロマグロのうちの1つです。タイセイヨウクロマグロ漁業のMSC認証への道のりはとりわけ長く険しいものでした。わずか15年前には絶滅するかもしれないと考えられていたからです。
海を泳ぐ2匹のタイセイヨウクロマグロ © Paulo Oliveira/Alamy Stock photo
長年にわたる環境保護活動、漁獲割り当て量の大幅な削減、そして調査や報告を含む管理方策の強化により、タイセイヨウクロマグロの資源量は回復傾向に転じました。
臼福本店は割り当てられた漁獲量の範囲内で、重量約150キロのタイセイヨウクロマグロを年間平均で292本獲っています。これは、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)が2020年に設定した総漁獲可能量のうち0.2パーセントにも満たない漁獲量です。
臼福が漁獲したタイセイヨウクロマグロはすべて通し番号入りの電子タグが取り付けられ、漁獲された日時と場所を知ることができます。この電子タグ実証事業は日本の水産庁主導によるもので、漁獲情報の偽造防止を目的としていました。「臼福本店が漁獲したクロマグロを、輸入や養殖のクロマグロと差別化を図りたいと考え、この実証事業に自ら手をあげて参加しました。残念ながら、この事業は昨年度で打ち切りとなったので、本年度から私たちは独自に続けることにしました」臼井氏は説明します。
電子タグを取り付けられたタイセイヨウクロマグロは船上で急速冷凍後、最高品質の刺身用として日本国内に出荷されます。水揚げ時の重量が漁獲時に記録された重量を超えた場合などに、水産物の偽装問題に取り組む水産庁は漁業者に罰金を科すことができます。水産物の偽装は国際的な問題で、海洋環境と水産業界の双方に深刻な影響をもたらします。
クロマグロ漁に使用する漁船、第一昭福丸はスペインのカナリア諸島を操業中の拠点としています。ほかのどの漁船とも異なる臼福本店独自の漁船を紹介しましょう。
若者が漁師の仕事を魅力的に思ってくれるように
臼井氏は「気仙沼の魚を学校給食に普及させる会」の代表も務めています。臼福本店が所有するマグロ漁船の見学や、親子料理教室などの活動により、子どもたちが水産業界について学ぶ機会が与えられます。
若者が漁師の仕事を魅力的に感じてくれるように、臼井氏はここでも一歩先んじました。世界的デザイナーであるnendoの佐藤オオキ氏に「漁師が乗りたくなる船」のデザインを依頼したのです。
「最初に上がってきたデザインは驚くほど奇抜でした。なんと、船体全体に伝統的な和柄が施された黒い船だったんです」そう言って笑いました。
第一昭福丸の船内 © 株式会社臼福本店
第一昭福丸は高速Wifiやリラクゼーションエリアを備え、漁船というよりは豪華ヨットの趣です。「長期間船上で働くことで生じるストレスを軽減することが目的です」と臼井氏は言います。洋上での業務は乗組員の心身に負担をかけます。臼福本店によれば、こうしたストレスにより、はえ縄漁船で働く若い漁師の離職率は50パーセントを超えるそうです。
「魚を獲ってくれる漁師がいなければ、船を造る意味がありません」臼井氏は沿岸部を離れて都会に移住する人が後を絶たない日本の現状を懸念しています。実際、日本での漁業従事者の数は減少しています。Statista(英語)によれば、2017年の日本の漁業従事者はおよそ153,000人でしたが、2010年の約203,000人から大幅に減っているのです。
刺身市場のパイオニア
臼福本店のMSC認証取得により、日本の消費者は持続可能なクロマグロの刺身を選ぶことができるようになります。 大西洋と太平洋で漁獲されるクロマグロのおよそ80パーセントが、刺身または高級寿司のネタとして日本で消費されます。
クロマグロの刺身 © akai27
IUU漁業問題に取り組む全国鰹鮪近代化促進協議会の会長も務める臼井氏は、将来にわたってクロマグロの資源量を安定させるためには、日本はより持続可能な漁業を目指さなければならないと言います。「漁業者だけで過剰漁獲やIUU漁業問題を解決することはできません。マーケット全体で取り組むべきです。」
クロマグロが絶滅の危機に瀕したのは、高級寿司市場での需要の高まりが原因です。FAO(国連食料農業機関)の2017年のレポート(英語)によると、日本では消費者の嗜好の変化や低価格な食料への需要により寿司と刺身の消費量が減少する一方で、日本国外での需要は増え続けています。
臼井氏はこう締めくくりました。「MSC認証の取得はゴールではなくスタートだと思っています。この認証に完全に納得できない人もいると思いますが、私たちは持続可能な漁業という同じゴールを目指しているのです。皆が共に行動してくれることを願っています。」