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尾鷲物産株式会社のビンナガマグロ、キハダマグロ、メバチマグロのはえ縄漁業が、2021年2月にMSC漁業認証を取得しました。メバチマグロとキハダマグロを漁獲する漁業としては日本初の取得です。生活に密着した小売業から出発した尾鷲物産は、常に食べる人の目線に立ち、鮮度をモットーに漁獲から加工・販売までを社内で完結。水揚げ約3時間後には、MSC「海のエコラベル」付きの生マグロのパックが最寄りの店舗に並ぶ体制を整えています。

三重県の志摩半島と熊野の間に位置する尾鷲漁港に、小笠原沖でのはえ縄漁を終えた尾鷲物産の「第十一良栄丸」が帰ってきました。上空を旋回するトンビが数を増し、いよいよ水揚げです。

尾鷲物産の「第十一良栄丸」の水揚げの様子第十一良栄丸の船頭率いる8人の船員が手渡しでマグロをリレーして陸へ

甲板にいる漁業者の手から手へ、そして陸に続くスロープへ、光沢ある流線形のマグロが次々と運ばれていきます。多くはビンナガマグロで、同じ仕掛けにかかるキハダマグロ、メバチマグロもあります。陸側では洗浄や計量を終えたマグロが手際よくセリ場に並べられていきます。やがてサイレンの音を合図に、20人ほどの仲買人が集まってきました。セリの時間です。尾鷲物産の社員も含め、品定めを終えた目利きたちが買い値を示して1本ずつ競い合います。

MSC認証取得漁業によるメバチマグロのセリメバチマグロのセリ


サステナビリティの客観的な証明を手に入れて

尾鷲物産は、地元スーパーマーケット「株式会社 主婦の店」の塩干部門から独立して1972年に設立した会社で、消費の現場を熟知しています。そのため、スーパーマーケットや回転寿司チェーンなどの要望に応えて、さまざまな加工を施し、通常は店舗で行うような小分けやパッケージング、値付けまですることもありました。

やがて、漁業の担い手の減少に危機感が募り、ブリやハマチ、タイの養殖業を開始。7年前にはマグロ漁業にも参入しました。

常務取締役、玉本卓也氏は幼少期の近隣の浜の活気を覚えています。「夏祭りの時に50隻ほどのカツオの一本釣り漁船が海上パレードして、それはにぎやかでしたね。1970年頃の尾鷲漁協は年間40億円ほどの水揚げがあって、組合員は900人近くいました。だんだんと魚が獲れなくなって、稼げないので、なり手もいない。漁業者が激減しました」

マグロ船もしばらく途絶えていたところに、尾鷲物産が2013年に「良栄丸」、2017年に「第十一良栄丸」を相次いで新造。漁獲したマグロを全量いったん漁協に水揚げすることで、漁港と地域の活性化に貢献しています。漁業者を正社員として雇用して賞与や福利厚生で生活を支え、漁業人口の減少を食い止めることにも一役買っています。

尾鷲に帰港する、尾鷲物産の「第十一良栄丸」尾鷲に帰港する「第十一良栄丸」

尾鷲物産の代表取締役社長、小野博行氏も50年前の海が忘れられません。「目の前の島に脂ののったおいしいサバやアジなど地付きの魚(地魚)がたくさんいたんですね。しかし獲れるだけ獲ってしまうやり方で資源をなくしてしまった。全国津々浦々同じような状況になっています」

1960年から1980年頃のノルウェーは現在の日本と同じように魚が減り水産業が衰退していましたが、法改正や資源管理、生産性向上の努力の結果、今では漁業が高所得の人気の職業となっています。ノルウェーに何度も足を運んだ小野社長は、70年ぶりの大幅な漁業法改正が実現した日本の今後に期待しています。「同業者から、『MSCの認証取ったんだってな』と声をかけられることが増え、仲間や得意先と資源管理についてよく話すようになりました」。認証取得を機に、関係者とのコミュニケーションに変化が生まれています。

自社の一連のサプライチェーンでMSC CoC認証(※)を2020年11月に取得済みだった尾鷲物産は、2隻の自社船でMSC漁業認証を2021年2月に取得後、マグロ3種にMSC「海のエコラベル」を付けて販売できるようになりました。
※MSC CoC認証とは、認証水産物と非認証水産物が混ざることを防ぐとともに、認証水産物のトレーサビリティを確保することを目的とした認証制度。

その成果は早くも現れ始めています。「相場が安い時でも安くならず、魚価が安定して助かっています。SDGsの目標14『海の豊かさを守ろう』に取り組む企業の社員食堂について、新たなお問い合わせもいただきました」(小野社長)


改善要求に応えて混獲対策を強化

MSC漁業認証規格は「3つの原則」のうち原則2「漁業が生態系に与える影響」で、「漁業が依存する生態系の構造、多様性、生産力等を維持できる形で漁業を行うこと」とし、生態系への影響を最小限に抑えるよう定めています。尾鷲物産のはえ縄漁は、長さ50kmもあるロープに約3000個の針と餌を付けて海に入れ、時間が経過したロープの端から順に船に上げます。狙う魚種だけが獲れるよう深さや餌を変えていますが、認証取得までの約2年半の間に、混獲対策を強化しました。

「認証取得のために、海鳥などの混獲を回避する措置を新たに追加しました。釣り糸におもりを付けて餌をすぐに沈めるようにしたんです」と船頭の東弘明(ひがし・ひろあき)氏は説明します。必要に応じて「トリライン」も使っているそうです。トリラインは、日本が発明した海鳥よけの吹き流しです。また、餌に使う冷凍のムロアジやサンマなどは丸魚なので、ウミガメが噛み切るうちに針から外れ、切り身の餌よりもウミガメの混獲を防ぐ効果が望めます。

「第十一良栄丸」の船頭、東弘明氏。漁船とともに第十一良栄丸の船頭、東弘明氏


鮮度を保つためのさまざまな工夫

サステナブルな漁業を消費者が積極的に後押しするためにも、「おいしさ」は欠かせない要素です。

尾鷲物産のマグロは鮮度が自慢。「うちは、とにかく生にこだわって加工し出荷しています」と製造部長、堀口哲昭(のりあき)氏も強調します。

そのこだわりは漁場から始まっています。まず、針から外したマグロは、すぐにエラ・ハラ(内臓)を抜いて、紫外線殺菌した凍る一歩手前の低温海水に投入。まめに水を交換して清浄に保ちながら港まで持って帰ります。

「2隻の良栄丸の船倉は、保冷用の配管を太くして断熱層も厚くしています。多少、容量を犠牲にしてでも、鮮度保持を優先しているわけです」(玉本氏)

船に上げた時点で生きていた魚は、通常の処理に加えて神経締めも施しています。身の質も色味も他のものより良いため、区別できる目印を付けてセリに出しています。1本1本の価値をできるだけ高めるための努力です。

1隻の水揚げは2週間から1カ月おきですが、2隻あるので、もう少し頻繁です。水揚げの日は、マグロ好きな方には特別な日になります。水揚げわずか3時間後ぐらいに、尾鷲物産のアンテナショップ「おわせお魚いちば おとと」の鮮魚売り場に生マグロの柵が並ぶからです。

「コロナ禍の前は、地元の人と同数ぐらいの観光客がいらしていました。MSC『海のエコラベル』は、認知度の高い観光客の方に、よりアピールできるものと考えています」。おととの店長、須藤俊宏氏は、再び多くの人々と交流できる日を楽しみにしています。

「おとと」店頭に並ぶMSC「海のエコラベル」付きマグロ「おとと」店頭に並ぶMSC「海のエコラベル」付きマグロ


尾鷲物産のMSC「海のエコラベル」付きのマグロは、おととのほかに大手スーパーマーケットにも卸しています。その加工を取り仕切る工場係長の宮原勝輝氏は、「人の手で1匹ずつさばくので、マグロが上がった日は忙しいですが、鮮度がいいから加工もやりがいがあります」と笑顔で語ります。加工された刺身用の製品を積み込んだトラックは、水揚げ当日の夕方には東海・北陸・近畿地方に向けて出発しました。

漁港のそばに必要な施設を集中させて、水揚げしたマグロを一度も凍らせることなく、自社工場で加工して即日出荷する尾鷲物産。すべての工程に「少しでも良い状態でお届けしたい」という誠実さが感じられます。こうして海と日本の未来を思うたくさんの人に支えられて、サステナブルなだけでなくおいしい生マグロが私たちの食卓に届きます。


取材・執筆:海洋ジャーナリスト瀬戸内千代


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